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他人事と割り切れない恐怖「葛城事件」(2016)

ぷらすです。

今回ご紹介するのは、昨年公開された『葛城事件』ですよー!
まず最初に一言で感想を言うなら地獄のような映画でした!(褒め言葉)

昨年は本当に邦画の当たり年って言われていて、特に振り切ったバイオレンス系映画が何本も公開されたわけですが、本作はそんな作品群の中でも、一番観ててしんどい作品なんじゃないかと思いますねー。

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あらすじと概要

劇団THE SHAMPOO HATの旗揚げメンバーで劇作家にして、『その夜の侍』で監督も務めた赤堀雅秋がメガホンを取ったヒューマンドラマ。次男が無差別殺人を起こして死刑囚となってしまったことで運命が狂い出した、ある家族の行く末を見つめる。『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』などの三浦友和、『さよなら歌舞伎町』などの南果歩をはじめ、新井浩文若葉竜也らが出演。家族、死刑、贖罪(しょくざい)などさまざまなテーマをはらんだ物語に圧倒される。

トーリー父親から受け継いだ小さな金物屋を懸命に切り盛りし、マイホームを手に入れ、妻の伸子(南果歩)と共に長男・保(新井浩文)と次男・稔(若葉竜也)を育て上げた葛城清(三浦友和)。理想の家族と生活を築いたと考えていた彼だったが、21歳になった稔が8人を殺傷する無差別殺人事件を起こして死刑囚になってしまう。自分の育て方に間違いがあったのかと清が自問自答する中、伸子は精神的に病んでしまい、保は勤めていた広告代理店を解雇される。やがて、稔と獄中結婚したという女・星野が現れ……。(シネマトゥディより引用)

感想

実際の連続殺人事件をモチーフにした舞台劇の映画化

赤堀雅秋監督は劇作家でもあり、本作は元々ご自身の戯曲を映画化しているらしいんですね。
僕は舞台演劇は門外漢ですが、確かにそう言われてみれば、劇中の登場人物の台詞回しとか少し舞台劇っぽい感じはしました。

で、どんな内容かといえば「連続殺人加害者の家族の物語」でして、葛城家の次男が連続殺人で死刑になるまでと、そこに至る家族の過去を交互に見せていくんですね。
「加害者の親族映画」って、これまでに何本も作られてると思うんですが、最後の方でいい話っぽくまとめられてる作品が多くて、ここまで身も蓋もない作品は初めてじゃないかなと。

最初の戯曲では「附属池田小事件」をベースに、サイコパスの身内を持った家族の悲劇だったそうですが、映画化にあたって「土浦連続殺傷事件」や「秋葉原通り魔事件」、「池袋通り魔殺人事件」を参考にしつつ、「黒子のバスケ」脅迫事件の最終意見陳述の要素も入れ込んで本作が生まれたそうです。

ちなみに、本作の主人公は連続殺人犯の葛城稔ではなく、三浦友和演じる父親清なんですね。

どこにでも居そうな普通の家族

親から継いだ金物店を切り盛りしている清は、いわゆる団塊の世代の強権的な父親
これがもうホントどうにもならないオッサンで、南果歩さん演じる妻の伸子に暴力は振るうし、長男の嫁の家族を招いての食事会では店員にクレームつけるし(しかも超しつこい)、事件が起きた後も行きつけのバーに通って「地獄のリサイタル」を開き、稔と獄中結婚をしたという女、田中麗奈演じるという星野にチューしようと迫るというね。

この清は親から継いだ金物店しか知らないことがコンプレックスで、その裏返しで「自分の理想の家庭」に執着したり、他人にナメられないように攻撃的な言動をしたり、薄っぺらな言葉で社会を語ったり、家族を型に嵌めようと強権的になったりしてるんです。

妻の伸子は長年、そんな清に対して事勿れ主義の見て見ぬふりで、新井浩文演じる長男の保は父親に逆らう事が出来ず、若葉竜也演じる次男の稔はそんな父親を嫌悪しつつ、でも家族の中で一番清に似ています。

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そんな葛城家の(多分最初は)小さな歪みが、長年の蓄積でいつしか手のつけようのない歪みになって、劇中の「ある出来事」を境に家族は一気に崩壊してしまうんですね。

でも、葛城家の家族は決して特別じゃなくて、清も伸子も保も稔も、(少なくとも事件前は)全員がどこにでも居そうな普通の家族なんですね。

だからこそ、本作を観た人は自分の中に清や伸子や保や稔を感じ、「他人事」と割り切れない地続きの怖さを感じてしまうんだと思うんですよね。

語り部としての星野

そんな葛城家の崩壊を外から見る「語り部」の役を担うのが、事件を起こして死刑判決を受けた保と獄中結婚をする女、星野です。
彼女は死刑廃止論者で、保が事件を起こして死刑判決を受けた保を“改心させる”という信念から結婚したんですね。

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本作では、この星野との会話から事件前の回想シーンに入っていく構造で、観客は彼女を通して葛城稔が連続殺人事件を起こすまでの過程を知る構造になっていきます。

本作ではこの星野の設定が上手くて、彼女ってぶっちゃけ、感情移入出来ない観客の多くが嫌悪感を持つようなキャラクターなんですね。
監督は感情移入出来ない星野を語り部に配置することで、葛城家の家族が単純な加害者にも被害者にもならないように、観客が物語に入り込めないように突き放したバランスを取っているんじゃないかなと思いました。

リアルな連続殺人シーン

こうして、劇中で現在と過去を行ったり来たりしつつ、ストーリーはついにクライマックス、稔の連続殺人のシーンへと突入します。

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このシーンがすごいのは、ちっともドラマチックじゃないんですよね。
普通なら夥しい流血で、視覚的なショックをと考えそうだし(もし僕が監督ならそうすると思いますw)、画的にも稔に近い位置でカメラを回して、迫力と狂気をよりドラマチックに盛り上げそうなものですが赤堀監督は真逆で、あえて引きの画で血も殆ど見せず、まるで監視カメラ映像のような無機質な感じにしてるんですね。

それまで葛城家を寄りの画で極めて主観的に撮影していたのに、映画的に一番盛り上がりそうなこのシーンだけは、引きの画で客観的に見せているわけです。

それが逆に、リアルな事件現場のような凄惨さがあって超怖かったですねー。((((;゚;Д;゚;))))カタカタカタカタカタカタカタ

そんな感じで本作は、120分間ずっと居心地が悪くて不快っていう地獄みたいな映画だし、僕は正直もう二度と観ないと思いますが、逆に言えばそんな気持ちになってしまうくらい映画の中に引き込まれたわけで、そういう意味では本当に凄い映画だと思うし、ただ嫌な気持ちになるだけじゃなく、本作を観た人は全員、葛城家の家族と自分を重ね合わせて「何か」を感じるのではないかと思います。

興味のある方は是非!!

 

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