今日観た映画の感想

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主人公の味わった地獄を追体験する「暁に祈れ」(2018)

ぷらすです。

今回ご紹介するのは、イギリス人ボクサー、ビリー・ムーアの自伝小説を映画化した『暁に祈れ』ですよー!

残念ながら僕の地元では劇場公開されなかったので、今回DVDをレンタルしてやっと観る事ができました。

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画像出典元URL:http://eiga.com

概要

イギリス人ボクサー、ビリー・ムーアの自伝小説が原作のドラマ。タイの刑務所に送り込まれた男が、所内でムエタイを習得して過酷な環境を生き抜く。メガホンを取るのは『ジョニー・マッド・ドッグ』などのジャン=ステファーヌ・ソヴェール。『きみへの距離、1万キロ』などのジョー・コールが主人公を演じ、その脇を『オンリー・ゴッド』などのヴィタヤ・パンスリンガムやボクサーのソムラック・カムシンらが固める。数か月のトレーニングを積んだジョーが屈強な肉体を披露する。(シネマトゥディより引用)

感想

イギリス人ボクサーが堕ちた地獄

主人公ビリー・ムーアは実在の人物で、本作は彼の自伝小説を「ジョニー・マッド・ドッグ」など圧倒的リアリティーの演出に定評のあるジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督が映画化した作品です。

ストーリーをざっくり要約すると、タイに渡ってきたイギリス人ボクサーのビリーは自堕落な生活を重ねるうち麻薬中毒になり逮捕。汚職、殺人、レイプが公然と行われている劣悪な刑務所に(言葉も分からぬまま)放り込まれる。という物語。

「ジョニー・マッド・ドッグ」では、リベリア内戦で兵士として駆り出され、戦闘行為、もっと言えば残虐行為を行ってきた元少年兵たちと1年間一緒に生活して信頼関係を築いた上でキャスティングし、彼らがかつてリベリア内戦で本当にやった残虐行為を演技として再現させるという、極めてドキュメンタリー的な手法で圧倒的リアリティーを生み出したジャン=ステファーヌ・ソヴェール。

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画像出典元URL:http://eiga.com / 「オンリー・ゴッド」で超怖いギャングのボスを演じたヴィタヤ・パンスリンガム

本作では、主人公ビリー・ムーア役のジョー・コール、刑務所長役で「オンリー・ゴッド」で恐ろしいギャングのボスを演じたヴィタヤ・パンスリンガム、「七人のマッハ!!!!!!!」などに俳優としても参加しているアトランタオリンピックボクシングフェザー級の金メダルボクサーのソムラック・カムシン以外のキャストは、褐色の肌に顔から手足までビッシリと刺青の入った本物の元囚人たち。

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画像出典元URL:http://eiga.com / 本物の元囚人のみなさん。超怖い

そんな彼らがタイ語でまくし立て、ゲラゲラ笑い、怒鳴り、命令してくるわけですよ。
もう超怖い!!((((;゚;Д;゚;))))カタカタカタカタカタカタカタ

で、この作品は全てビリーの一人称で語られるので、彼がタイ語が理解できない序盤ではタイ語の翻訳が出ないんですね。
なので囚人たちが何を言ってるのか分からない。
つまり、観ているこっちもビリーの地獄を追体験させられる仕組みになっているのです。

なので冒頭、警察に踏み込まれたビリーは何を言われているのか分からないまま逮捕され、よく分からないまま刑務所に入れられるんですね。

刑務所は明らかに許容量をオーバーしてて、パンイチで半裸の刺青おじさんたちと折り重なるように眠らなきゃいけないわ、初日の夜にビリーの目の前で若くて大人しそうな囚人がレイプされ翌朝には首吊って死んだり、ケンカで死人が出るのも日常茶飯事で看守は賄賂を渡さないと何もしてくれない。

まさにこの世の地獄ですよ!

ビリー・ムーアという男

ではなぜ、このビリー・ムーアという男がタイに渡って刑務所に入るハメになったのかというと、リバプールの貧しい育ちの彼は父親からずっと虐待を受けていて、そのため若くしてドラッグや犯罪に染まり刑務所に出入りを繰り返します。

その後一旦はリハビリを受けて麻薬を絶ち、ボクサー・スタントマンとしてやっていこうと2005年にタイに渡ったものの、再び麻薬や犯罪に再び手を染める様になってチェンマイの刑務所に入れられるまで堕ちてしまうんですね。

その辺の詳しい生い立ちについては劇中では殆ど語られないんですが、本作で起こっていることはほぼ彼が実際に経験したことなのです。

そんなこんなで、刑務所に入れられた彼は最初は言葉も分からず翻弄されているんですが、やがて少し言葉や刑務所内のルールが分かってくるようになると、再び麻薬に手を染めるようになります。

そして、遂には麻薬欲しさに振るいたくもない暴力を憎くもない相手に振るうハメになり、自己嫌悪の末に自ら命を絶とうとするまでに追い詰められるんですね。

蜘蛛の糸

そもそも、ビリーは刑務所に入る前からずっと地獄の中にいたようなもので、そこから逃げようとしてはより深い地獄に堕ちて、行き着いたのがタイの刑務所というある意味究極の地獄。

しかし、そんな彼にも何度か救いの手が差し伸べられます。
それは所内の売店で働くレディーボーイ(ニューハーフ)の歌、ビリーと同じムエタイジムに所属していた少年の言葉、そしてムエタイと刑務所内のムエタイチームです。

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画像出典元URL:http://eiga.com / ビリーと好い仲になるレディーボーイの人(多分本物)

「このままではいけない」と一念発起してチームに所属しムエタイに打ち込むことで、目の前の地獄から逃げ続け、人に心を開けなかったビリーの心情に少しづつ変化が起こり、やがてチームメイトに心を開くようになっていくんですね。

そして、彼はタイ刑務所のムエタイ全国大会に出場するまでになるんですが――。と、ここから先は是非映画を見てください。

で、僕はこの映画を観ながら、何故か芥川龍之介蜘蛛の糸」を思い出したんですよね。

地獄に落とされるも生前一度だけ善行を行ったカンダタという男に、お釈迦様が一本の蜘蛛の糸を垂らすという話。

ビリーに何度か差し伸べられる救いの描写は、もちろん色んな映画で描かれるよくある描写ではあるんだけど、仏教的というかどこか東洋思想的なニュアンスがあるなーと。

まぁ、舞台が仏教国のタイってのもあるのかもですけども。

アート映画的な映像

本作は主人公ビリーの一人称視点で描かれた作品で、例えば前述したようにビリーがタイ語を分からない時はタイ語に字幕が入らないし、映画自体ハンディカメラでビリーに極端に寄った画が続きます。

普通、格闘シーンではある程度引きの画を入れて、主人公と相手の位置関係や動きを観客が分かるようにすると思うんですけど、本作はそんなのお構いなしでカメラがビリーに寄っていて、なのでほぼほぼバストアップの画ばかり。

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画像出典元URL:http://eiga.com

その代わり、ビリーの息遣いや唸り声を耳元で聞いているような錯覚を受けるんですね。

それは、観る側にビリーの追体験をさせるという意図の他に、彼の視野をカメラで表現しているみたいなんですね。

いつも自分のことで精一杯のビリーの狭い視界をハンディーカメラの極端な寄りのショットで表現しているわけです。

その試みは映画全体を歪で息が詰まるくらい狭っ苦しくする一方で、ビリーから見える“セカイ”を映像化した独特な空気感の作品にしているのではないかと思いました。

ちなみに、ラストで登場するヒゲ面の男性はビリー・ムーア本人だそうで、それを頭に入れて本作を観ると(メタ的な意味で)ラストシーンの観え方が変わってくるかもしれませんね。

興味のある方は是非!!

 

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