今日観た映画の感想

映画館やDVDで観た映画の感想をお届け

ミニマムで壮大な物語「A・GHOST・STORY / ア・ゴースト・ストーリー」(2018)*ネタバレ

ぷらすです。

今回ご紹介するのは、ずっと気になっていた映画『A・GHOST・STORY / ア・ゴースト・ストーリー』ですよー!

写真を見てもらえば分かるように、一応オバケが主人公の映画なんですが、いわゆるホラーではないし、コメディーやラブストーリーでもない、あえて言うなら哲学的?な映画で、僕は手塚治虫の「火の鳥」を連想したりしましたねー。

ちなみに、今回はネタバレ全開で感想を書くので、これから本作を観る予定の人や「ネタバレは絶対に嫌」という人は、先に映画を観てからこの感想を読んでくださいね。

いいですね? 注意しましたよ?

https://eiga.k-img.com/images/movie/89053/photo/f42e365cd63c61ee.jpg?1533719110

画像出典元URL:http://eiga.com

概要

事故死した男が幽霊になって残された妻を見守る姿を描いたファンタジー。シーツ姿の幽霊としてさまよい続ける夫を『マンチェスター・バイ・ザ・シー』などのケイシー・アフレック、彼の妻を『キャロル』などのルーニー・マーラが演じる。メガホンを取るのは、二人と『セインツ -約束の果て-』で組んだデヴィッド・ロウリー監督。(シネマトゥデイより引用)

感想

デヴィッド・ロウリーが自身の体験を元に

この奇妙な映画の監督は、ディズニー映画「ピートと秘密の友達」の監督でもある デヴィッド・ロウリーで、本作は、彼と奥さんのケンカが発想の元になっているのだとか。

元々テキサスに住んでいたロウリーと奥さんでしたが、彼の仕事が忙しくなったことで、話し合いの末に両者納得ずくでロスアンゼルスに引っ越すことに。
しかし、ロウリーはどうしても奥さんと初めて暮らしたテキサスの家が忘れられずに「今の仕事が終わったらテキサスに戻ろう」と蒸し返したことで、離婚寸前の大ケンカになったというんですね。

本作でも、ミュージシャンCと奥さんのMが住み慣れた家から引っ越すかどうかで揉めるシーンがあるんですが、それはロウリー監督の実体験が元になっているのです。

がっつりストーリー紹介(ネタバレ)

若夫婦のC(ケイシー・アフレック)とM(ルーニー・マーラ)は、田舎町の小さな家で幸せに暮らしていましいたが、ある日、Cが交通事故で急死してしまいます。

病院で夫の遺体を確認したMは遺体にシーツをかぶせてその場を後にしますが、死んだはずのCはシーツをかぶった状態で起き上がり、Mと暮らしていたわが家へ。

幽霊になったCは、自分の存在に気付かず悲しみに暮れるMを見守り続けるのだった――というストーリー。

このあらすじだけだと、「ゴースト/ニューヨークの恋人」的なラブストーリーかと思われるかもですが、さにあらず。
やがて時間が経ち、心の傷が癒えたMは、この家を去っていくんですが幽霊となったCは、その後もこの家に残り続けるのです。

はい、ここからネタバレ

https://eiga.k-img.com/images/movie/89053/photo/94008c566cafd3d6/640.jpg?1538029165

画像出典元URL:http://eiga.com

Cが生前、Mが幼少の頃から引越しが多く、引越しの日に短いメモをその家に隠すと告白をMから聞くエピソードがあり、彼の死後、この家を出ていく時も彼女は柱の隙間にメモを隠して、その上から白ペンキで覆い隠すんですね。

最初は彼女自身に執着していたC(幽霊)ですが、彼女が出て行ったあとはこのメモを読む事に執着し、二人で暮らした家に残り続けます。

https://eiga.k-img.com/images/movie/89053/photo/1dff305cf47cec31/640.jpg?1538029164

画像出典元URL:http://eiga.com

柱のペンキを一生懸命に剥がそうとするCでしたが、そんなある日、この家に母親と子供2人の家族が引っ越してきます。
二人の「家」を“土足で踏み荒らす”家族に怒ったCは、ポルターガイストを起こしてこの母子を追い出してしまう。

そこからさらに時間が経ち、今度は若者たちが引っ越してきてパーティーを開いています。
そこで酔った一人の男がこういう事を話し出すんですね。

宇宙が消滅してしまえば、人類が残した優れた芸術も意味がなくなる。だから人間が創造物を残す行為は無意味だ」(意訳)と、ベートーベンの「第九」を例に出して持論を述べます。(ドイツの詩人シラーの「歓喜の歌」という詩にベートーヴェンが感動して音楽をつけた)

そして彼らも引っ越してゆき、さらに時が経って、家は朽ち果ててボロボロに。
そんな中Cが柱の隙間から、ついにMのメモを取り出せると思った瞬間。
巨大な重機が家を破壊してしまいます。

瓦礫の上に呆然と立つC。同じく破壊された隣家に住むゴーストは「(まっていた人は)もう来ないみたい」と言い残し消えてしまい、後には彼女が被っていたシーツだけが残されるんですね。

やがて彼の家だった場所には高層ビルが経ち、街はすっかり開発され大都会に。

https://eiga.k-img.com/images/movie/89053/photo/24b4876aabbd75cf/640.jpg?1538029165

画像出典元URL:http://eiga.com

絶望し、ビルから飛び降りたCが次に目覚めると、そこは西部開拓時代に。
そこに家を建てて暮らそうとする家族がやってきます。
そして、末っ子はノートの切れっ端に何かを書いて、土の下に隠すんですね。
しかし、ふと気づくと、家族はネイティブアメリカンに襲われて皆殺しになってしまいます。

そこから時が流れ、再び見慣れた家の中にいるC。
そこに、不動産屋に連れられたCとMがやってきます。

家を気に入った二人は、この家で幸せに暮らすも、やがてMが引越しの話を持ち出します。渋るCでしたがやがて引越しに同意。
そして引越しの直前、事故で死亡したCの幽霊が悲しみに暮れるMを見守っている。
そんな“2人”をCは後ろから見ているんですね。

そして、時空を超えた長い旅路の末にMが柱の隙間に隠したメモを取り出したCは、ついにその内容を読み、そして消えてしまったところで、物語は終ります。

メモの存在

このメモに何が書かれているのかは劇中では明かされていません。
ロウリー監督は、M役のルーニー・マーラに内容を一任し、そのメモは家の解体でなくなっているんですね。そしてメモを書いたルーニー・マーラ自身も「書いた内容は忘れてしまった」と言っているそう。(それが本当か嘘かは分かりませんが)

まぁ実際、作劇上メモの内容はどうでもいいんですね。

本作で大事なのは、Mが残したメモを、長い旅路の果てにCが読むこと。ですから。

これは、パーティーで男が言っていたことへのカウンターです。
Mのメモは、もしも自分が再びその家に戻ったとき、以前に書いたメモを読むと「嬉しい」から書いていて、誰かに何かを伝えるためではないんですね。
しかし、彼女が引越した家に戻ったことは一度もない。つまりメモは本来、まったく無意味なモノです。

でも、Mがその話をCにしたことで、メモは“二人が共通する歴史”になる。

つまり本作におけるメモは、Cを愛した女性Mが確かに存在し、二人が確かにこの場所で生きた証拠であり、Cの“人生”が無意味でなかったこと証明してくれるアイテムで、この物語を通してロウリー監督は「生命賛歌」「人間賛歌」を描いているのです。

実験映画

そんな本作は非常に実験的な映画です。
監督は「ピートと~」の完成から2日と経たないうちに、秘密裏に本作のカメラを回し始めたのだとか。
そして、本作でCとMを演じたケイシー・アフレックルーニー・マーラは詳細も知らぬまま、ただロウリー監督と何かに取り組みたいという思いだけを胸に、自分のエージェントにも内緒でこの現場に参加したそうですよ。

普通の映画製作は、まず企画が立ち上がると、その権利価値をマーケットで測って資金を集めるパターンが多いですが、本作はとにかくカメラを回し始めること、創造しながら撮ることからスタートしているのです。

監督によれば「本作に関しては、世間の注目や期待といったプレッシャーから解放された状態で制作したかった」のだとか。

しかも、映画本編の2/3以上、主演のケイシー・アフレックはシーツを被ってますからね。しかもずっと無言。アカデミー俳優なのにね。

https://eiga.k-img.com/images/movie/89053/photo/6c5ffe9794831a18/640.jpg?1538029163

画像出典元URL:http://eiga.com

ちなみに彼にシーツを被せただけでは、本作のオバケのシルエットが再現できず、スタッフは試行錯誤の末に、ケーシー・アフレックにフェルト製の帽子をかぶらせ、ペチコートを着用させることで、あのシルエットを実現させたのだとか。

映画本編も、ビックリするくらいの長回しと大胆なジャンプカットで、時間を自在に伸縮させてみせる。
Cを亡くしたMが、友人が持ってきたパイをボールごと延々食べ続けたかと思ったら、トイレに駆け込み吐いてしまうまでを長回しワンカットで見せたり(これが長い)、パーティーシーンの直後、家が朽ち果てていたり、西武時代の女の子がメモを石の下に隠す→Cのアップ→女の子が死んでいる→Cのアップ→女の子が骨になってる。みたいな。

これはつまり、幽霊になったCの目線での時間間隔を映像で再現する試みなんですよね。

あと、家が壊されビルが建つまでは時系列通りに進んでいるのに、Cが飛び降りると西部開拓時代まで時間が戻されるシーンは、最初ビックリするというか混乱するかもですが、ラストまで観れば、作劇上の意図が分かると思います。

実験的ではあっても、そんなに難しい作品ではないですしね。

まぁ、序盤は長回しが多用されたり作品の意図が中々掴めないので、退屈に感じてしまうかもですが、観終わった後には不思議な手触りが残る印象的な作品です。

興味のある方は是非!!

 

▼よかったらポチっとお願いします▼


映画レビューランキング