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荒野の千鳥足(1971)感想

ぷらすです。
今回ご紹介するのは1971年制作されたものの、40年以上を経た2014年にやっと日本で劇場初公開された豪米合同作品の「荒野の千鳥足」です。

 

http://image.eiga.k-img.com/images/movie/80553/poster2.jpg?1403060182
画象出典
http://eiga.com/

*今回は、ネタバレありです。

そんな酔狂な人は少ないとは思いますが、本作を観る予定のある方は、その後で感想をお読みください。

 概要

オーストラリアの灼熱の砂漠地帯を舞台に、ひとりの男が狂気に染まっていく様を描く。

ランボー」のテッド・コッチェフ監督。主人公を狂気に導く謎の男ドクを「ハロウィン」のドナルド・プレザンスが演じる。

 

僕は、内容も前評判もまったく知らなかった本作だったんですが、(日本語版の)タイトルとパッケージのインパクトだけで、借りてしまいました。
原題は「Wake in Fright」
翻訳してみると、『恐怖に飛び起きる』みたいな意味らしいです。

ジャンルはいわゆるサイコサスペンスになるのかなー?
極々普通の男が、見知らぬ街で酒に溺れて、どんどん身を持ち崩していくというのが大まかなストーリー。
価値観の違う田舎町に放り込まれて、追い詰められるという意味では、「テキサスホラー」のエッセンスも入ってるように感じました。

ただ全体的な流れはホラーというよりも、アメリカンニューシネマといった印象。年代的にも合うし監督は「ランボー」を撮った人なので、アメリカンニューシネマの系譜の作品と考えてもいいのかもしれません。

 

主人公のゲイリーは特別真面目でもなく、かといって不真面目でのない、どこにでもいそうな極々普通の青年です。
新人教師はまず地方に飛ばされ、1000ドルを文科省に払わないと、都市部には戻れないという国の方針? に不満を抱きつつも、故郷のシドニーには美人の恋人がいるし、教師という職自体は嫌なわけでもない様子。
大学で文学を学んだインテリでプライドが高くて、初対面の女の人に「イギリスに渡って記者になりたい」と夢を語ったりするけど、それも口だけで、その為の努力らしきことは何もしてない。そんなトコロも含めて全部含めて「普通」の青年です。

そんな彼が一週間のクリスマス休暇に、帰郷のためにシドニーに向かう列車に乗るわけですが、南半球のオーストラリアでは、クリスマスは真夏なんですね。
しかも彼が赴任しているのは、砂漠地帯にあるど田舎の町。

本作では、熱や砂や汗とハエや干からびた動物の死骸と、埃っぽくて汚い不快感を煽るような映像が延々続きます。

シドニー直行の列車がないので乗り換えの為に一泊する事になる町も、似たような感じの砂漠地帯の田舎町。
職場の町よりは幾分都会のようですが、やっぱり田舎で娯楽が少ないからか、昼間から営業しているパブ?はむさ苦しい男たちでごった返しています。

都会生まれでインテリのゲイリーは田舎や田舎者を蔑んでて、パブで出会った保安官にも最初はそっけない態度なんですが、保安官はそんなのお構いなしで話まくり。グラスのビールがなくなれば問答無用でおかわりを持ってくる田舎のおじさん特有の「もてなし」で、主人公はどんどん酔っ払っていい気分に。

で、保安官と別れたあと、その町のレストランでステーキを食べている時に出会うのが、ドク(ドナルド・プレザンス)と呼ばれてる男。
この男、どうやら医者らしいのですが、街の男たちから「クズのドク」と呼ばれてて、仕事もしないで町外れのアバラ屋に住み、町の知り合いにメシや酒をたかって生きている世捨て人のような男。
ただ、町の粗野な男たちにはないインテリジェンスな雰囲気があり、主人公はこのドクが気になります。

保安官と飲んでいるときに、パブで見かけたギャンブルが気になったゲイリーは、酔いも手伝って、食事のあとにパブに戻ります。
「投げ役」が小さな板切れに載せた2枚のコインを高く放り投げて、落ちたコインが表か裏かを当てるだけのシンプルなギャンブルに参加、一旦は大勝ちして、大金を手に入れます。

ほんの数十分で大金を手にした彼の頭に、もう少し勝てばシドニーの学校に転任する資金が……という考えが浮かび、一旦は宿に戻ったのにパブに取って返し、更に大金を注ぎ込むものの、結局は大負けし、一文無しに。

そのままではどうにもならないので翌日、職を探そうと職業紹介所に行くもクリスマス期間なのでお休み。途方に暮れた彼は、たまたま出会った男の奢りでしこたまビールを飲み、連れてこられた男の家でもビールを飲み、やってきた男の知り合いとビールを飲み(ここでドクと再開)、その男の娘といい雰囲気になるも、酔いが回ってコトの最中にリバース。なのに家に戻るとまたビールを飲んでやがて意識を失います。

目覚めるとそこはドクの住むアバラ屋。
どうやら、酔ったゲイリーはドクや仲間たちとカンガルー狩りに行く約束をしていたらしいんですね。
で、車で狩りに向かうんですが、道中もやっぱりビール飲みまくりで、休憩で立ち寄った店では、ウイスキーを飲み、暑さと酔いで意識が朦朧とします。
タバコビールビールタバコビールタバコビールビールビールタバコウイスキー。とにかくずーーーーーーーーーっとタバコと酒漬けです。

その後、男たちとともにカンガルー狩りに興じるゲイリー。
カンガルーを殺しては、持ち帰る一部以外はその場に放置。
銃で仕留めそこねたカンガルーをナイフで殺して勇敢さを競ったりするこのシーンでは、実際のカンガルー猟の資料映像が使われているとラストで注釈がついていました。
どこまでが資料映像は分かりませんが、少なくともカンガルーを銃で撃つシーンは実際の映像のようで、かなりショッキングなシーンです。(現在はカンガルー猟は禁止されているらしい)

酔いと狩猟ですっかりテンションがおかしくなった彼らは、さらに酒を浴びるように飲みながら暴れたりケンカしたり。
ゲイリー自身も、酔いとあまりのカルチャーギャップにおかしくなり、そのまま意識を失います。

翌日、再びドクのあばら家で目を覚ましたゲイリーは、「このままではこの町に囲いこまれて逃げられなくなる」のではないかと恐怖し、ヒッチハイクシドニーに向かう決意をします。

 

選別代わりにドクから猟銃をもらったゲイリーは、財布に残った1ドル&猟銃と引き換えに、シドニーの文字の入ったトラックに乗せてもらいます。
これで、シドニーに戻れると安心し、眠り込むゲイリー。
運転手に起こされて、トラックの荷台から出た彼が目にしたのは、逃げ出したはずの町の景色。

「話が違う! シドニーに行くんじゃないのか!?」
シドニーに行くなんて言ってない。都市に行くと言ったんだ」
迫るゲイリーに運転手はにべもなくそう言って、猟銃だけを返してよこします。

逃げ出したハズの田舎町に戻ったことに絶望し、『あのドクが自分をこの町に閉じ込めている』という妄想に取り憑かれたゲイリーは、ドクを殺すため猟銃を手にアバラ家に向かうも、肝心のドクは留守。
ドクは自分の行動などお見通しだ。自分はこの町に取り込まれて『死ぬ』まで逃げられないと思った彼は、最後の抵抗として自分の頭を猟銃で撃ちます。

 

意識が戻ると、そこは病院。
幸いゲイリーの撃った銃弾は急所を外れ、丁度帰ってきたドクの適切な処置で一命を取り留め、この騒ぎは事故として処理されます。
そして、一週間のクリスマス休暇を終えて、ゲイリーは列車に乗って学校のある町のホテルに戻って物語は終わります。

 

つまり、ゲイリーが囚われたと妄想したその町は、都会の人間から見るとお節介すぎるほど親切な人たちが住むただの田舎町で、町の人たちはただゲイリーをもてなしただけ。
ところが田舎流のもてなしを知らないゲイリーは、自分の常識との違いにショックを受けて勝手におかしな妄想に取り憑かれたという、コミュニケーションのギャップや価値観すれ違いの話なんですね。
それを、ゲイリーの一人称視点で描くことで、彼の見た『悪夢』と『恐怖』の物語にしたわけです。

『悪夢』から覚めたゲイリーの目に映るこの町は、どこにでもあるただの田舎町で、悪魔の化身のように思っていたドクは、ゲイリーの見送りではスーツを着ている普通の男(むしろ紳士然としてる)として登場します。

ゲイリーが感じた恐怖の根底は『自分はこのまま田舎に埋もれてしまう』という、田舎に住む若者が一度は感じるありふれたもので、価値観がまったく違う『田舎の男たち』の中で、一人だけ自分に近いインテリのドクが、田舎の男たちの間でクズと呼ばれ、道化を演じて物乞いのような生活を送っていた様が、ゲイリーの恐怖や妄想に拍車をかけたんじゃないかなーと思います。

もちろんそうなる仕掛けもちゃんとあります。
保安官との話の中で町の若者が自殺する話題が出てきたり。(話を振られたゲイリーは自殺の理由を『町から逃げ出すためかな』と答える)
別の男がゲイリーに「お前はフリーメイソンのメンバーか?」と意味ありげな問いかけをしたり、この町だけの奇妙な風習?のシーンが差し込まれたり。

あとは、ひたすら酒漬けにされることで、正常な判断が出来なくなり、極めつけが狩りのシーン。
インテリで都会育ちのゲイリーが狩りに参加し、カンガルーを殺す時感じた興奮や喜びに、彼の価値観や常識は激しく揺さぶられ、自分の中の野蛮な部分、つまり自分が蔑んできた田舎の男たちとの共通点を自覚してしまうわけです。

 

若者の内面や潜在的な不満や恐怖を描くという点で、オーストラリアを舞台にしながらも、本作はやっぱり『アメリカンニューシネマ』なんだろうなと思った次第でした。

つまらない映画ではないですが、上記のようにカンガルー狩りのショッキングなシーンもあるし、とにかく絵面が不快なくらい汚いので、そういうのが苦手な人にはオススメはできないです。

それでも興味があるという方は、是非。