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ヌーヴェルバーグの旗手、ゴダールの長編デビュー作「勝手にしやがれ」(1960)*ネタバレあり

ぷらすです。

今回ご紹介するのは、現在の映画界や名監督たちに大きな影響を与えたヌーベルバーグの旗手、 ジャン=リュック・ゴダールの長編デビュー作勝手にしやがれですよー!

今まで何度となくその名前は聞いてたものの作品は未鑑だったんですが、先日ふと思い立って初めてレンタルしてきましたー!

で、今回は1960年の映画なのでネタバレは一切気にせずに書いていきます。
なので、ネタバレイヤンという方は、先に映画を観てからこの感想を読んでくださいねー。

いいですね? 注意しましたよ?

 

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画像出典元URL:https://www.amazon.co.jp/

あらすじと概要

フランス、ヌーヴェル・ヴァーグの決定打と言わしめたジャン=リュック・ゴダール監督の最高傑作。警官を殺してパリに逃げて来た自転車泥棒のミシェルは、アメリカ人の恋人パトリシアとお互い自由で束縛のない関係を楽しんでいた。そんなある日、彼の元に警察の手が及んでくる。パトリシアはミシェルの愛を確かめる為、彼の居場所を警察に密告、そして彼にも同様に警察が追ってきた事を伝えるが……。(allcinema ONLINEより引用)

 

感想

ヌーベルバーグとは

ざっくり書くと、1950年代末にフランス映画界で起こったムーブメントのことです。助監督などの下積みなしにデビューした若い監督たちの作品で、低予算で映画を作るためにセットは使わずロケ撮影が中心。アフレコなしの同時録音、脚本に頼らない即興演出などなど、それまでの映画製作の常識をひっくり返したことから「新しい波=ヌーベルバーグ」と呼ばれるようになったそうです。

日本、香港、台湾、アメリカ、イギリスなどでも、その自由で革新的な作風に影響を受けた作品が数多く制作されたんだそうですよ。

で、そんなヌーベルバーグの旗手と言われたジャン=リュック・ゴダールも、元々は映画評論家から監督になった人で、本作がその長編デビュー作なんだそうです。

トーリー

本作を一言で言うと、クズ男が恋して裏切られて死ぬ話です。

本作の主人公ミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド)は、ハンフリー・ボガードに憧れるプレイボーイの自動車泥棒で、盗んだ自動車でパリに向かう途中に白バイ警官を撃ち殺して指名手配中。

彼がパリに向かったのは、本気で惚れた? アメリカ人のパトリシア(ジーン・セバーグ)とローマに逃げるためですが、結局パトリシアに通報され、絶望して警察に射殺されてしまうというストーリーなんですねー。

で、このミシェル、お金がなくなるとガールフレンドを訪ねて借りようとしたり、断られるとガールフレンドが着替えてる間にお金を盗んだり、パトリシアをストーキングしたり部屋に勝手に忍び込んだりする中々困ったクズ男。

対するパトリシアはマスコミ志望の大学生で、新聞売りのバイトをしながら記者を目指す意識高い系のインテリなベリーショートの可愛い女の子です。

なので、ミシェルと二人でいるときも文学や映画、クラシック音楽の話をするんですが、ミシェルの方は「いいから脱げよ」の一点張りで、まったく話が噛み合わないんですね。

そして、映画の大半がこの二人の噛み合わない会話(というか双方人の話を聞かないで勝手に話してる感じ)のシーンです。
その「会話」の内容も、ポエムチックというか哲学的というかフランス映画っぽいというか(フランス映画ですが)、何か意味深で頭良さげなオシャレ禅問答って感じで、観ていても、まったく頭に入ってこなくってほんっっとぅぅに、つらいw

二回寝オチしては巻き戻してなんとか最後まで観ましたよ(o´Д`)=з

革新的な表現技法

本作は世界中の映画関係者や監督に大きな影響を与えました。
例えば日本ヌーベルバーグだったり、アメリカン・ニューシネマだったり、イギリス・ニューウェーブや香港ニューウェーブなどなど。

クエンティン・タランティーノも、本作(というかゴダール)に強い影響を受けているのは有名ですが、確かにミシェルとパトリシアが延々無駄話をしているシーンなんかは、タランティーノ脚本の「トゥルー・ロマンス」を連想しましたねー。。

また、今では当たり前に使われているジャンプカット、手持ちカメラでの街頭撮影、高感度フィルムを使うことで照明を使わずに撮影、即興演出、唐突なクローズアップ、役者が画面に向かって喋るなど、本作を始めとしたヌーベルバーグ作品から始まった技法も多いようです。

それまでは、スタジオにセットを作って、照明を当てて、据え置きのカメラの前で役者が芝居するのが当たり前だったようなので、初めて本作を観た観客はきっとかなりのショックを受けたんじゃないかと思いますねー。

上記の技法が当たり前になって、さらに洗練された使われ方をしている作品から観始めた僕から今観ると、「なんか大学の映研が作った映画みたい」って思っちゃうんですけどねw

例えるなら、浦沢直樹の「PLUTO/プルートゥ」を読んでから、手塚治虫の「地上最大のロボット」を読むような感じなんでしょうね。多分。

純愛映画

この作品、内容的には決して難解な作品ではないです。
要は、男と女のすれ違いを描いた作品で、アウトローな人生に疲れた男ミシェルが、本気で惚れた女パトリシアと共に生きようとして失恋するという普遍的な悲恋の物語なんですね。

そういうのは頭では理解出来るし、一見全然関係ない無駄話やシーンの中に、本作の確信に触れるワードがいくつも入っているというのは、むしろ現代的だと思いました。

ただ、それと感覚的に面白いかどうかは別の問題ですけどもw

そんな感じで、当時を知らない映画ファンが観るには、正直ちょっとキツい作品かもですが、映画史に興味のある人なら資料的な価値のある作品と言えるかもしれませんし、そうでなくても、案外好きな人は好きな作品なのかもですねー。

興味のある方は是非!

 

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