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面倒くさい若者たちの青春グラフティー「止められるか、俺たちを」(2018) *ネタバレあり

ぷらすです。

今回ご紹介するのは、「孤狼の血」などの白石和彌が監督した、2012年10月に急逝した映画監督・若松孝二の伝記映画?『止められるか、俺たちを』ですよー!

“伝記ドラマ”と書いたものの、実のところ主役は若松孝二監督ではなく、若松プロに飛び込んだ吉積めぐみの視点で、同じく若松プロに集まった若者たちを描く青春グラフティーになってましたねー。

ちなみに今回はネタバレありの感想なので、これから本作を観る予定の人やネタバレは絶対に嫌という人は、映画のあとにこの感想を読んでくださいね。

いいですね? 注意しましたよ?

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画像出典元URL:http://eiga.com

概要

2012年10月に急逝した映画監督・若松孝二の伝記ドラマ。1960年代末を舞台に、彼のプロダクションに飛び込んだ女性の視点から、映画に全てをささげる若松孝二と仲間たちの青春を浮き上がらせる。メガホンを取るのは、若松プロダクション出身で『孤狼の血』などの白石和彌。『愛の渦』などの門脇麦、『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』などの井浦新、『ラバーズ ~覆う女~』などの山本浩司をはじめ、岡部尚大西信満タモト清嵐、毎熊克哉らが顔をそろえる。(シネマトゥディより引用)

感想

時代の空気感

映画の舞台は1969年~71年の東京。

学生による左翼運動や三島由紀夫の割腹自殺、海外ではベトナム戦争などが起こった激動の時代です。

この頃僕はまだ赤ん坊~幼児だったし、こうしたアレコレは後追いでぼんやり記憶があるかないかくらいで恥ずかしながら若松作品も観たことがありません。

1974年生まれの白石監督も当然当時の流れを体験したことはないはずですが、僕らはこの時代に若者だった大人(また彼らに直接影響を受けている世代)との交流や彼らの作品を通して、間接的にこの時代の“残り香”みたいなものを体験しているギリギリ最後の世代でもあるんですよね。

白石監督も若松孝二に師事していることもあり、僕らの世代から見た60年代後半~70年代前半の空気感みたいなものを(おそらくは少ない予算の中で)しっかり捉えて再現いると思いましたねー。

インテリ、アングラ、反権力

物語は1969年3月、知り合いの秋山道男(通称オバケ/タモト清嵐)から、若松孝二率いる「若松プロ」でピンク映画の女優と助監督を探していることを聞いた吉積めぐみ(門脇麦)が、若松プロに飛び込むところからスタートします。

1963年に『甘い罠』で映画監督としてデビュー以降、彼の原動力である“怒り”を反体制の視点から描く若松作品は、ピンク映画ながら異例の集客力をみせ、1965年に発表した『壁の中の秘事』は日本映画製作者連盟推薦の大映作品などを差し置いてベルリン国際映画祭正式上映作品になるなど。
評論家に「国辱映画」の謗りを受けつつも、若松孝二は「ピンク映画界の黒澤明」と呼ばれ若者を中心に圧倒的な支持を受けていたんですね。

ご存知の方も多いかもですが、そもそもピンク映画やエロ漫画はノルマ(Hシーン)さえクリアすればストーリーなどは自由だったので、映画監督やマンガ家、文筆家など、当時、多くのクリエイターが育っているんですよね。

それらは舞台を持たずテントを張って興業する小劇団や白塗りでほぼ全裸で踊る暗黒舞踏なども含め、「アングラ文化」と総称され、まだ何者でもない若者たちの受け皿になっていたわけです。
それが後の「サブカル」や「オタク」文化に繋がっていくんですね。

そして、そうした活動に飛び込む若者は大学出(もしくは在学中)のインテリが多い。

そんな中、若松孝二の出自はちょっと異色で、農業高校を中退後ヤクザの下働きになり、逮捕されてから職を転々としてピンク映画業界に入ると、助監督などの下積み経験なしにいきなりピンク映画で監督デビューし、前述したように多くの若者たちの支持を受けるという天才肌の監督。
その後、若松プロを立ち上げて、監督、プロデューサーとして多くの作品を世に送り出しているわけです。(大島渚監督「愛のコリーダ」も若松監督プロデュース)

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画像出典元URL:http://eiga.com / 若松孝二若松孝二に育てられた井浦新が演じる。

そんな彼のもとに集まってくる若者たちは、前述したようにインテリが多く、政治、芸術、文学を熱く語る面倒くさい若者ばかり。

持つ者と持たざる者

そんな若松プロでなし崩し的に助監督になった吉積めぐみは、仲間たちが一人また一人と我が道を見つけて若松プロを離れていく中、自分の道を見つけられずにいるんですね。

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画像出典元URL:http://eiga.com / 吉積めぐみを演じる門脇麦。ちょっとむすくれた表情が印象的な女優ですね。

若松プロが請け負ったラブホテル用の短編映画で監督・脚本を任されるも、完成した作品は到底納得のいく出来ではなく落ち込む彼女。

苦楽を共にした仲間や憧れの若松孝二と違い、自分には描きたい題材も描く才能もない事を思い知ります。

また若松プロ足立正生山本浩司)に惹かれるも、女扱いされずにあしらわれてしまう。

そんな中、若松プロの中でチーフ助監督にまで出世するめぐみは、後輩の高間賢治と体の関係を持つようになります。

一方、若松と足立は招待されたカンヌの帰りに、イスラエルと戦うパレスチナゲリラの様子を撮ってテレビ局に素材として売る事にし、めぐみたちに後を任せて旅立って行きます。

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画像出典元URL:http://eiga.com / 若松プロのみなさん。

それから数日後、帰ってきた二人はパレスチナゲリラとの交流や、彼らがヨルダンの攻撃での全滅したことを話し、撮影したフィルムをテレビ局に売るのではなく、自分たちで映画にする事を決めるんですね。

映画のタイトルは『赤軍PFLP 世界戦争宣言』(PFLPパレスチナ解放人民戦線の略)で、普通の上映形態ではなく真っ赤に塗ったバスを小屋にして全国巡業して回るという構想。

企画が進む中めぐみは妊娠に気づくも、計画が進む中で若松プロは自分が支えなくてはと考え、若松プロをやめた先輩の大和屋竺大西信満)に脚本の依頼をしますが、彼は別の企画に携わっていて若松プロで脚本を書く余裕はないと言われてしまいます。

やがて、映画館で足立が撮った『噴出祈願/十五歳の売春婦』を観て、登場人物の「子供を堕ろすことは負けることになるんだから」と言うセリフを聞いて涙を流すめぐみ。

そして1971年9月、彼女は睡眠薬を齧りながらウィスキーを飲んで亡くなってしまうのです。

そんな彼女は直前に事務所で読売新聞の取材を受け、記者の質問に「(女性がピンク映画の助監督をするために)食欲も性欲も意識的に抑えていったこともあります。映画は何百回喋っても伝わらない事も一つのカットに出てしまうというスゴさがあるからそうしないといけなかった

と語っています。

いつかは若松孝二に刃を突きつけなければいけないと思う」とも。

普通に考えれば彼女の死は自殺ですが、本作ではこのインタビューがあることで事故死の可能性を残しているんですよね。

完成した『赤軍PFLP 世界戦争宣言』の巡業バスを見送った若松孝二はATG(アート・シアター・ギルド)のプロデューサーに電話をかけ「街中爆弾でバンバン爆破する映画作ります。内ゲバの話で主人公テロリストです。はい、世の中全部ぶち壊してやろうと思って」と話すラストカットのあと、暗転した画面に「この映画を我らが師・若松孝二とこの時代を駆けた人々に捧げる」という字幕が出て、本作は終了します。

二回の“立ちション”シーン

本作では2度の“立ちション”エピソードが印象的差し込まれています。

一度目は若松がめぐみを連れて飲みに行った新宿ゴールデン街のバーに現れた赤塚不二夫と若松が、2階の窓から下に向かって連れションするというエピソード。

この時、めぐみはその様を笑いながら眺めているんですが、若松と足立がカンヌに出かけたあと、仲間たちとの宴会の席でオバケたちがビルの屋上から立ちションをする時、めぐみは「わたしもする~」と仲間に入ろうとして女友達に止められます。

本作における“立ちション”は「作品を世に放つ」事のメタファーで、最初の若松と赤塚不二夫の連れションは、若松プロに入ったばかりのめぐみにとっては遠い出来事だったのに対し、仲間たちの立ちションの時はめぐみも既にクリエイティブの世界にいて、仲間たちに比べてチャンスを生かせない自分に焦っている。

それを“立ちション”に置き換えてさらっと見せてしまう演出は非常に映画的だし上手いと思いましたねー。

継承

本作は実在した女性、吉積めぐみの物語でもあり、同時に白石監督自身の話でもあり、またクリエイティブの世界に関わる&憧れている人々の物語でもあります。

若松プロで見習いからはじめ助監督業務になり、劇中のめぐみと同じように何度も若松監督に怒鳴られたという白石監督。
同時に、才能やバイタリティー溢れる若松孝二や諸先輩と自分を比べて落ち込んだり焦ったことも多々あったと思います。

吉積めぐみは志半ばで非業の死を遂げてしまいましたが、彼女の死後に生まれ同じように若松監督に育てられた白石監督は、当時をよく知る足立正生荒井晴彦、高間賢治をアドバイザーに迎えて、今は亡き吉積めぐみを時代の空気ごとスクリーンに蘇らせたのです。

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画像出典元URL:http://eiga.com / 止められるか、俺たちを

本作で描かれた1969~1971年は、若者が最も自由で活気に満ちた時代と言えるかもしれません。
そんな中で青春を送っためぐみや若松プロの仲間たちは、しかし今の若者と同じ悩みや苦悩を抱えて足掻いていたし、怒りと熱意を持って彼らを先導した若松監督の「映画を武器に世界と闘う」「映画で世界をぶち壊す」という姿勢は、何かと生きづらい今の時代にも十分通じるものがあるのではないかと思います。

それは別にクリエイティブの世界限定という事ではなく、本作は今の時代を生きる全ての人に向けられたメッセージとも言えるのではないかと思ったりしましたねー。

興味のある方は是非!!

 

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