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キューブリック版新訳聖書「2001年宇宙の旅」(1968)*ネタバレ

ぷらすです。

今回ご紹介するのは、スタンリー・キューブリックの代表作『2001年宇宙の旅』ですよー!
これまで何度も挑戦しては途中で寝てしまうを繰り返した作品でしたが、さすがにそろそろ最後まで観られるだろうとレンタル。
そしたら、やっぱり途中で寝てしまい、結局2回に分けて何とか最後まで観る事ができましたよ。ε-(´∀`*)ホッ

というわけで、今回は昔の作品だしネタバレありで感想を書くので、これから本作を観る予定のある人や、ネタバレは絶対にイヤ!って人は、先に映画を観てからこの感想を読んでくださいね。

いいですね? 注意しましたよ?

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画像出典元URL:http://eiga.com

概要

アーサー・C・クラークの原作を基に、S・キューブリックが映像化したSF映画の金字塔。人類の夜明けから月面そして木星への旅を通し、謎の黒石板“モノリス”と知的生命体の接触を、クラシックをBGMに色褪せることのない壮観かつ哲学的な映像で描いていく。(allcinema ONLINE より引用)

感想

「2001年~」との戦いの歴史

僕と「2001年~」の出会いは、多分高校生の頃で、確かSF好きの友人に勧められてレンタルビデオで借りてきたんだと思います。

ところが、ヒトザルが宙に骨を投げたあたりまでの記憶しかないんですよね。
多分、そのあたりで意識を失ったんだと思います。

その後、20代、30代と何度か挑戦するものの、何故か宙を舞う骨の記憶しか残らない。
僕がバカだからキューブリックを理解できずに眠ってしまうんだろうかと、すっかり自信を失った僕は、その後キューブリックの他の作品もずっと敬遠していたんですが、ふとした機会に観た「時計じかけのオレンジ」や「博士の異常な愛情~」は面白かったし、キューブリックとは知らずに観ていた「シャイニング」も面白かった。

だったら、「2001年~」だって楽しめるハズだ!と思って今回チャレンジしたけど、やっぱり途中で寝てしまうんですよ。(今回はディスカバリー号登場までは記憶にあった)

で、Twitterに「やっぱ今回もダメだった」と書き込んだところ、ある人から「(寝ちゃった)続きから観ればいいのでは?」という旨の返信を貰い、( ゚д゚)ハッ!としたんですね。その手があったか!っていうw
そう、途中で寝るなら、寝ちゃったところから観ればいいじゃない!と。

というわけで今回2回に分けて、やっと最後まで完走ことが出来ましたよ!(長い戦いだった…)

難解だから寝ちゃうわけではなかった

で、今回やっと気づいたんですが、僕は別に本作が難しいから寝ちゃってたわけではないんですよね。

とにかく、1カット1シーンがゆっくりで長い上に、ずっとセリフもなく延々猿のケンカやら宇宙旅客機やらの中の風景を見せられるし、BGMはクラッシック。

その間、ストーリーは別に進まないわけで、そりゃ寝るわ!と。

昔の映画だから1カット1シーンがゆっくりなのかしらんと思ったら、当時の人も同じこと言ってたらしいので、この映画が特別だったんですね。

もちろん、そこにはキューブリックの意図が込められていて、小説で言うト書き。つまり世界観や技術面などの説明文にあたる部分を、全部、映像だけで見せようという試みだったわけです。なので必然的にストーリー的に意味のないディテール描写だけのカットやシーンが多くなるし、2019年の今なら観客のSFリテラシーも上がっているけど、当時はまだ人類が月にも行っていない時代。

その分、観客に(未来の)宇宙での生活描写を飲み込ませるには、ディテールをじっくり見せる必要があったわけですね。多分。

で、難解だと言われているストーリーも、要点だけ拾えば実は単純な物語で。

ざっくり要約すれば、人類を猿から進化させた上位の存在である宇宙人(神)との接触によって、人類が次の段階に進化するというだけの話ですからね。

今まで色んな映画・小説・マンガ・アニメなどで、繰り返し観てきた題材なのです。
ただ、本作が凄いのは、それらのSF的アイデアが“ここから始まっている”ってことだし、キューブリックはこの単純なプロットの中に“生命”とは何かという、根源的なテーマを入れ込んでいるのです。

本物より本物

そんな本作で特に特筆すべきは、やはり映像の凄さ。

まだCGのシの字もない1968年に作られた作品とは思えない映像の数々は、当然、当時の観客を驚かせたと思いますが、逆にすっかりCGによるリアルな映像に慣れた2019年の今観ても、まったく古臭さを感じないどころか、本物の宇宙空間や宇宙船より本物らしく見えるっていう。

そこには、共同脚本を手がけたSF作家アーサー・C・クラークや専門家に科学検証と監修を依頼、NASAにも徹底的に取材した、キューブリックのディテールのリアリティーと己の美的センスに徹底的にこだわり抜いた本作に対する姿勢があるんですよね。

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本作で木星探査船ディスカバリー号のボーマン船長(キア・デュリア)と並ぶ主役の“1人”、コンピューター(AI)のHAL9000も、当時のSF映画の常識に習うなら人間に寄せたロボット型にしそうなものなのに、ディスカバリー号に組み込まれ、音声とカメラのみの姿というのも現代を先取りした感覚で驚くし、そんな高性能AIのHALが、いつしか自意識に目覚め、ある事をキッカケに(自衛のため)乗組員を次々殺害するという内容は、後に公開される「ブレードランナー」など数多の作品へと受け継がれていくテーマでもありますよね。

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また、この章でのボーマン船長とHALの“殺し合い”は、冒頭のヒトザルが始めて手にした“道具”(骨)を使って別グループのヒトザルを殺害するシーンと呼応していて、そこにはキューブリックの強烈な皮肉が込められているわけです。

新・新訳聖書

では、キューブリックがこの映画で一体何をしようとしたかったのかと言えば、キューブリック版の聖書を作る、もしくは(科学的に)聖書をアップデートする事だったではないかと思います。

まぁ、キューブリックユダヤ系なので聖書という表現が正しいのかは分かりませんけど、彼の他作品や言動。
「シャイニング」の制作時に原作者スティーブン・キングに突然電話を掛けて「君は幽霊を信じるか」と聞き、キングが「信じる」と答えた途端、電話を切って現場にキングを立ち入り禁止にしたというエピソードから察するに、彼はいわゆる神話的というか、オカルト的ロジックからなる現在の「神」や「宗教」のあり方を嫌悪していたのだと思うんですね。

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で、「だったらワシが愚民どもに本当の神を見せてやる!」と、徹底した科学的ロジックで作り上げたのが本作で、もし神がいるとしたら、それは人類よりも遥かに進んだ、上位生命体(宇宙人)であり、“彼ら”が、猿から人へと進化した人類を次の段階へ進化させるという物語を作り上げたんだろうと。

だとすれば、キューブリックが脚本段階ではあったナレーションや説明を全部端折って、映像と音楽によるイメージで物語を伝えるという本作の構成にも納得がいきます。

「言葉」を最小限に抑えることで、言語の違う他人種の人にも、キューブリック頭の中にあるイメージを直接伝えることが出来ますもんね。

実際、当時本作を観た若者たちが、後に多くの名作SF作品を生み出し、観客のSFリテラシーが飛躍的に“進化”した歴史を観ると、実はこの作品自体がキューブリックが送り込んだモノリスだった――

というオチを思いついたんですが、どうですかね?w

っていうか、今頃「2001年~」を熱く語っている僕自身がどうなんだって話ですけどもw

興味のある方は是非!!

 

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