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今日観た映画の感想

映画館やDVDで観た映画の感想をお届け

「セッション」(2015) 感想

ぷらすです。
今回ご紹介するのは第87回アカデミー賞部門にノミネートされ、そのうちJ・K・シモンズの助演男優賞を含む3部門を受賞した作品『セッション』ですよー!
本作のDVDレンタルが始まってますが、まだ新譜なので極力ネタバレはなしで書いていきますが、出来れば前情報はナシで見ていただきたいので、これから観る予定のある方は鑑賞後に感想を読んでいただけたら嬉しいです(*´∀`*)

いいですか? 注意しましたよ?

http://image.eiga.k-img.com/images/movie/80985/poster2.jpg?1423018880
画像出典元URL:http://eiga.com/

概要

チャゼルの書いた85頁の脚本が2012年のブラックリスト(映画化されていない素晴らしい脚本を載せたリスト)に載ったことで、一気に注目が集まった本作。
映画製作のための資金を十分に確保するために、デミアン・チャゼル監督は脚本の15ページ分の短編を作りボールド・フィルムズからから330万ドルの資金提供を受けて長編映画を完成させた。

作品撮影当時、チャゼル監督は若干28歳。で、本作はドラマーを目指していた監督の高校時代の実体験を元にしている。(らしい)

主演は今年公開の『ファンタスティックフォー』にも出演しているマイルズ・テイラー、鬼教師フレッチャー役にはサム・ライミ版『スパイダーマン』シリーズで編集長役を演じた名優 J・K・シモンズ。

 

あらすじ

バディ・リッチのような「偉大な」ドラマーに憧れて、名門シャッファー音楽学校へと進学したアンドリュー・ニーマン(マイルズ・テイラー)はある日、シャッファー音楽学校の中でも最高の指揮者として名高いテレンス・フレッチャー(J・K・シモンズ)に誘われて、彼のバンドに入ることになる。しかし、ニーマンにとってそれは地獄の日々の始まりだった。

 

感想

世界中の評論家に絶賛され、ネットのレビューでも概ね高評価の本作ですが、正直、僕はなんかピンと来ませんでした。

いや、ラスト9分19秒の演奏シーンは否応なくアガるし、観終わったあとの満足感もある。ただ、どうにもモヤモヤした感じが残ってしまったんですね。
なので、感想を書いてもどうにもしっくりこなくて、昨日からずっと書いては消しを繰り返してました。

というのも、僕には主人公ニーマンをシゴきまくる鬼教師、フレッチャーのキャラクターがまったく掴めなかったんですね。

劇中、フレッチャーは米音楽学校の最高峰と言われている名門校の教師で、学校内に数多あるバンドの中でも最高のバンドを率いる指揮者(バンマス)でもあります。

ただ、その指導法はスパルタを通り越して、暴力といっても過言ではないほど過酷で、そんなフレッチャーに目をつけられたニーマン(マイルズ・テイラー)は、精神的にも肉体的にもギリギリまで追い詰められます。

そこから紆余曲折あって、学校を退学になったニーマンは、偶然フレッチャーに再開。
フレッチャーもまた行き過ぎた指導が原因で、教職をクビになってしまっているわけですね。

そこでフレッチャーはニーマンを自分のバンドに誘い、そして、フレッチャーの『ある行動』を経て、ラストの演奏シーンに繋がっていくわけです。

僕が引っかかっていたのは、そのフレッチャーの行動で、彼が何故そんなことをしたのかがまったく理解できなかったんです。

フレッチャーは、人間的にはとても褒められないような男だし、彼の『指導』はどう考えても常軌を逸しています。

しかしそれは、より完璧を求めるがゆえの行動で、人間的にはちょっとアレな男だとしても、こと音楽に対しては誠実な男、つまり音楽を愛しているんだと思い込んでいたんですね。

だからこそ終盤に彼が起こす『ある行動』がどうにも理解不能だったわけですが、その後ネットで色んな人の感想を読んで、自分が根本的な部分で読み違えていることに気がつきました。

映画評論家の町山智浩さんはフレッチャーを『(恐らく)プレイヤーとして一流になりたがったが、何らかの事情で挫折した男なんじゃないか』と推測されてます。
だから、才能ある若者を憎み、潰しているのだと。

この分析はとても腑に落ちました。
そもそも、フレッチャーが音楽を愛していないのなら、彼の行動も納得です。

彼は『音楽家としての立場』を武器に、自分の気に入らない若者を次々に叩き潰すことで、音楽に対して復讐していたんだなと。

一方で、ニーマンも人間的に褒められない若者です。
彼が父親と地元?の親戚の家に集まるシーンがあります。
人が良くて優しいけど、うだつが上がらない父親は親戚の間ではどうも立場が弱いらしい。

また、この親戚一家が憎たらしくて、自分たちの子供がアメフトのレギュラーになったことを自慢しまくり、『音楽なんかにうつつを抜かしているニーマン』を小馬鹿にしてるわけです。

多分、ニーマンは父親に反論して欲しかったんでしょうが、肝心の父親は媚びたような笑いを浮かべるばかり。

そこでニーマンは「アメフトのレギュラーといっても、三流大学でプロになれるわけでもない」「自分は米最高峰の学校でジャズをやってる」と反論するわけです。

普通なら「いいぞニーマン! 言ってやれ!」となるシーンなんですけど、言葉の端々から滲み出るニーマンのエリート志向みたいな雰囲気があまりにいけ好かなくて、どうにも感情移入しずらいんですね。

で、ニーマンはフレッチャーのバンドに入ったあと、自分から告白して付き合った女の子、ニコル(メリッサ・ブノア)に別れを切り出します。

その文句がまた、エリート意識まるだしで、非常にムカつくんですね。

多分、彼は音楽を成功のための『手段』としか考えてなくて、その武器がたまたまドラムだっただけで、例えば勉強が得意なら勉強で、スポーツが得意ならスポーツでも良かったんじゃないかなと思います。

しかも、肝心のドラムも実はそれほど大したことないんですね彼。
フィッチャーのバンドに入るまで、彼は別の先生のバンドに所属してますが補欠扱いだし。多分実力的には中の下くらいなんじゃないかな。

そんな『音楽を愛していない』二人が出会ったわけで、おそらくフレッチャーにとってニーマンは、実力もないのにイキがっている目障りな小僧で、だから潰してやれとなったんだと思います。ある種の同族嫌悪なのかも。

結局、ニーマンはフレッチャーの思惑通り学校を退学になるんですが、フレッチャーもまた、行き過ぎた指導が原因で学園をクビになり、フレッチャーの『ある行動』を経て、溜まりに溜まったストレスを一気に開放する、ラストの演奏へと向かっていくわけです。

と、彼らの行動については納得がいったものの、それでもやはり、本作を手放しで褒められない引っかかりがあるんですよね。

ラストの演奏シーンは、これまでフレッチャーにタコ殴りにされていたニーマンが、その実力でフレッチャーに反撃する流れになっています。
ニーマンが努力の末、ついにドラムの実力でフレッチャーに参ったさせるという非常にアガる場面ですし、僕もこのシーンは超アガりました。

なんですが、終わってみると……アレ? と。

結局、本作はニーマンとフレッチャーの二人の物語に帰結しちゃってるんですね。
そこには観客もなく、バンドメンバーもモブ扱いで、ニーマンとフレッチャー二人だけしかいない閉じた世界です。

二人が最終的に『音楽の素晴らしさ』に目覚めたというところに着地してないように思えて、それがモヤモヤとして残っちゃうんですね。

もちろんそれは、余分なぜい肉を全て削ぎ落として二人の物語に絞ることで、物語を純化させようという、監督の意図だと思うんですが。なんかこう…うーん…。

とはいえ、個人的にはテーマ的なモヤモヤを除けば、十分に楽しめる映画でした。
特に、マイルズ・テイラーとJ・K・シモンズの鬼気迫る演技にはグングン引き込まれていくし、二人の息が詰まるような対決は必見だと思いますよ。

興味のある方は是非!!

 

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