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遠藤周作の小説をスコセッシが映画化!「沈黙ーサイレンス」(2017)

ぷらすです。

今回ご紹介するのは、遠藤周作の原作を名匠マーティン・スコセッシが映画化、日本では今年1月に公開された話題作『沈黙ーサイレンス』ですよー!

スコセッシの新作ということで、劇場で観ようか観るまいか迷ったんですが2時間40分という長さと、かなり重そうな内容に怖気づいてしまって、結局劇場はスルーしてしまいました(;´д`)

で、レンタルが始まってやっと覚悟も決まったので、今回思い切って観てみましたよ。

 

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あらすじと概要

遠藤周作の小説「沈黙」を、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』などの巨匠マーティン・スコセッシが映画化した歴史ドラマ。17世紀、キリシタン弾圧の嵐が吹き荒れる江戸時代初期の日本を舞台に、来日した宣教師の衝撃の体験を描き出す。『アメイジングスパイダーマン』シリーズなどのアンドリュー・ガーフィールドをはじめ窪塚洋介浅野忠信ら日米のキャストが共演。信仰を禁じられ、苦悩する人々の姿に胸が痛む。

ストーリー:江戸幕府によるキリシタン弾圧が激しさを増していた17世紀。長崎で宣教師のフェレイラ(リーアム・ニーソン)が捕まって棄教したとの知らせを受けた彼の弟子ロドリゴアンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライヴァー)は、キチジロー(窪塚洋介)の協力で日本に潜入する。その後彼らは、隠れキリシタンと呼ばれる人々と出会い……。(シネマトゥデイ より引用)

 

感想

「沈黙」とスコセッシ

小説「沈黙」は1966年に小説家の遠藤周作が発表した作品です。
自身もキリスト教徒の彼が、長崎に取材旅行に行った際に隠れキリシタンの資料や、(本作のモデルになった)実在する宣教師ジュゼッペ・キアラ神父をモデルに本作が生まれたんですね。

「沈黙」は世界13カ国で翻訳され、1971年には篠田正浩監督で映画化もされています。
で、翻訳版の「沈黙」を読んだ自身もカトリック信者であるスコセッシは、是非自分の手で映画化したいと企画を立ち上げるものの資金集めに難航、結局頓挫したりしながら28年越しでついに実現したのが本作なわけですね。

ちなみに僕は原作は読んでいないし71年版の「沈黙」も観ていないので、本作がファースト「沈黙」ってことになります。

本作の背景

本作は日本の禁教令によって起こったキリシタン迫害を描いた作品です。
多分、誰もが歴史の授業とかでサラッと習ってますよね。

作品の舞台は島原の乱が収束して間もない17世紀(江戸時代初期)の長崎が舞台です。

キリシタン弾圧によってクリストヴァン・フェレイラ神父(リーアム・ニーソン)が棄教(改宗)したという書簡がポルトガルイエズス会に届き、宣教師でフェレイラ神父の弟子であるセバスチャン・ロドリゴ神父(アンドリュー・ガーフィールド)とフランシス・ガルペ神父(アダム・ドライヴァー)は「そんなはずがない」と、二人で日本に乗り込んだら、神の存在を疑うくらい酷い目に遭うという物語。

で、この「禁教令」を調べてみると、実は豊臣秀吉の時代と徳川家康の時代、計3回発令されているんですね。
で、本作の題材になっているのは家康が発令した禁教令からしばらく経った時代で、その経緯は割とややこしいんですが、ザックリ書くと、当時宣教と植民地化政策はセットになってることが多かったことから幕府が警戒したこと、九州の大名とポルトガルの揉め事&大名同士の内輪もめ、他国の陰謀なんかがあって、さらに島原の乱でダメ押しされたみたいな感じですかね。その辺興味のある方はウィキペディアとかで調べて頂ければ。

この辺の背景を知ってると、劇中のロドリゴ井上筑後守イッセー尾形)の会話が分かりやすいかもです。

日本の描写

ハリウッド映画で日本が舞台だと、大抵の場合「ハリウッド版日本」的なトンチキ描写になりがちですよね。
正直本作でもある程度は覚悟していたんですが、いざ観てビックリしたのはとにかく日本の描写がリアルだったんですよね。(江戸時代の日本は分からないですが、時代劇的な意味で)

原作が日本の小説だからってのもあるかもですが、ぶっちゃけ昨今の日本の監督よりも違和感のない、僕らがイメージする江戸時代の日本でしたよ。(日本人が英語上手すぎ問題はありますがそれはハリウッド映画だから仕方ないw)

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その辺はさすがシネフィルのスコセッシって感じで、内容的にもかなり原作を尊重した作りになってるようですし、劇中で溝口健二の『雨月物語』のオマージュも入ってましたしね。

キャスト陣の熱演

あと、本作で印象に残ったのは何と言ってもキャスト陣の熱演です。
実力派若手俳優アンドリュー・ガーフィールドアダム・ドライヴァー、名優リーアム・ニーソンはもちろんですが、本作で重要なキャラクターのキチジローを演じた窪塚洋介隠れキリシタンを断罪する井上筑後守を演じたイッセー尾形、通辞 (通訳)の侍役の浅野忠信、信仰のため殉教するモキチを演じた塚本晋也などなど、単純に正義や悪では割り切れない難しい役柄を、全員見事に演じきっていましたねー。

中でも弱さとしたたかさを併せ持つユダ的な役回りの窪塚洋介と、清濁併せ持つ老獪な役回りのイッセー尾形の演技は強く印象に残りました。

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暴力映画としての「沈黙」

マーティン・スコセッシと言えば、ニューヨークのイタリア系ギャングを描いた「グット・フェローズ」やベトナム帰りのイカれた男を描いた「タクシー・ドライバー」など、強烈な暴力を描いた作品が有名です。

本作でも、冒頭でイキナリ雲仙で宣教師が熱湯シャワーの刑を受けているという、嫌なシーンからスタートし、隠れキリシタンの百姓が簀巻きにして海に投げ捨てられたり、磔にされたり、首を切られたり、逆さ吊りにされたりと、観てるだけで辛い拷問&処刑シーンのオンパレード。(原作にもあるシーンらしいですが)

で、言うまでもなくこれは聖書に描かれたイエス・キリストの受難に準えているわけですが、美しい大自然と拷問や処刑のシーンが対比になることで、その残酷さがより際立つ作りになっていて、その辺の映像センスは、まさにスコセッシ印って感じでしたねー。

つまり本作は宗教映画であると同時に暴力映画でもあって、理不尽な暴力に晒される恐怖を描くことで、逆説的に信仰とは何かということを描いているんだと思いました。

あと、本作は一見、宣教師や隠れキリシタンを一方的に暴力によって迫害する役人という図式に見えるし実際そういう話なんですが、一方で自分たちの価値観を押し付け後進国を植民化していく当時の帝国主義や、キリスト教カトリック)の暴力的なまでの傲慢さもしっかり描いていて、そういう意味でスコセッシは両者の立場や言い分を極めてフェアに描いていると思いましたねー。

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「弱さ」に着目した遠藤周作とスコセッシ

遠藤周作は「沈黙」の中で信仰による「強さ」を主軸に描くのではなく、抗いようのない理不尽な暴力に晒されて信仰が揺らいだり棄ててしまう「弱い」人々にフォーカスしていて、スコセッシは多分そこに強い感銘を受けたんだと思うんですね。

遠藤周作もスコセッシは体が弱く、またどちらも敬虔なカトリック信者でありながら、教義に対しては複雑な気持ちもあって、そんな彼ら自身の心境が主人公のロドリゴとキチジローに乗っかってるんですよね。多分。

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「宗教映画」と言うと構えちゃう人も多いと思うし、時間は長いし、ほとんどが嫌な暴力シーンだしで、正直観るのにはまぁまぁ覚悟のいる作品ではあるんですが、本作でマーティン・スコセッシが描いているのは宗教や信仰そのものではなく、それらを通して人間の持つ普遍的な弱さや強さを描いてると思うんですね。
なので、興味はあるけどちょっと尻込みしている人は、少なくとも観て損はしない映画じゃないかと思いましたねー。

興味のある方は是非!

 

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