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ノーランの新境地には違いないが――「オッペンハイマー」(2024)

ぷらすです。

今回ご紹介するのはアカデミー賞で7冠を達成したクリストファー・ノーラン監督最新作『オッペンハイマー』です。

映画の内容ではなく外野のゴタゴタのせいで、日本だけ公開が遅れてしまった本作。

原爆を開発した男の物語ということもあって、観る前は「被爆国日本にとってセンシティブな内容なのでは?」という懸念もありましたが、先に言っておくと本作は間違いなく反戦反核映画で、少なくとも原爆や戦争を賛美する作品ではないです。ただ、個人的にはそれでもモヤモヤはしましたけどね。

というわけで、今回は公開したばかりの作品ではありますが、作中で描かれているのは史実でネタバレもなにもないと思うので、特にそこは気にせずに感想を書いていこうと思います。なので気になる方はご注意ください。

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画像出展元URL:http://eiga.com

概要

「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーを描く人間ドラマ。ピュリッツァー賞を受賞したカイ・バード、マーティン・J・シャーウィンによる伝記を原作に、人類に原子爆弾という存在をもたらした男の人生を描く。監督などを手掛けるのは『TENET テネット』などのクリストファー・ノーラン。『麦の穂をゆらす風』などのキリアン・マーフィのほか、エミリー・ブラントマット・デイモンロバート・ダウニー・Jrらが出演する。(シネマトゥディより引用)

感想

バーベンハイマー騒動とアカデミー賞

まず、本作の日本公開が遅れた理由として、海外では2023年夏の公開予定でしたが、広島・長崎への原爆投下の日である8月6日・9日や終戦記念日である8月15日に重なるので、対日感情を考慮して避けた説や、世界に比べて日本ではノーラン作品当たりづらいので他作品との競合を避けるために延期した説
アメリカで製作された映画は北米公開から数か月遅れて公開されるのはよくあることで本作が特別な訳ではない説などが挙げられますが、それらの理由の一つとして挙げられるのが「バーベンハイマー騒動」ではないかと思います。

既にご存じの方もいるでしょうがザックリ説明すると、北米では「オッペンハイマー」と「バービー」という作風が正反対の作品が同日公開された事が話題になり、核爆発やキノコ雲をバックにオッペンハイマーとバービーをコラージュしたファンアートがネットミーム化。
その作品にワーナー・ブラザースの公式アカウントが「忘れられない夏になりそう」等の好意的な返信したことから日本で炎上したという騒動のせいで「オッペンハイマー」の日本公開が遅れたのではないかと言われています。

まぁ真実は分かりませんし、アカデミー賞に絡む事は確実な本作でしたから、アカデミー賞受賞で話題になったところで、満を持して日本公開という計算だったのかもしれません。

まぁ、アカデミー賞では助演男優賞を受賞したロバート・ダウニー・Jrがやらかしたことで、別の意味で話題になってしまいましたけども。

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そう考えると、本作は作品の内容より外野のゴタゴタのせいで色々ミソがついてしまって、その辺ちょっと気の毒ではあるなって思ったりします。

ざっくりストーリー紹介

そんな紆余曲折の末、2024年3月29日やっと日本公開された本作の内容をザックリ説明すると、原爆の父と言われる理論物理学ロバート・オッペンハイマーの人生を、世界初の原爆実験成功までの前半と、戦後、ソ連へのスパイ容疑で公聴会で追及を受ける後半に分けて描く伝記映画です。

ネットの感想や解説では、本作を観る前にオッペンハイマーを取り巻く歴史を予習しないと楽しめないという意見も散見していますし、確かに彼の人生や歴史的背景を知らないと何が起こっているか分かりづらいのは間違いないです。

例えば、オッペンハイマーが原爆を作るキッカケになった「マンハッタン計画」は、メッチャざっくり言えばナチスドイツが原爆作ろうとしてるのでアメリカ、イギリス、カナダなど同盟国の物理学者を集めてドイツより先に原爆作っちゃおうという計画です。

オッペンハイマーユダヤ系だったこともマンハッタン計画参加に関係していると劇中では描かれていました。

また、映画冒頭から描かれるオッペンハイマーへの公聴会。これは第二次世界大戦後にアメリカとソ連の冷戦がはじまり、ソ連の脅威を恐れたアメリカで共産主義者の迫害、通称赤狩りが行われていたという背景が関係しています。

戦争中、オッペンハイマー自身は共産党員ではなかったけど、周囲に共産党員や共産党に近しい人が多かったこと、戦後、アメリ原子力委員会の顧問だったオッペンハイマーは水爆開発に反対、核兵器がもたらす甚大な被害を憂慮して国際的な核兵器管理機関の創設を提案したこと、そしてある人物の策略によってオッペンハイマーソ連のスパイ容疑をかけられたわけですね。

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この辺の歴史的背景が分かっていないと、劇中何が起こっているか分からない構成ではあるんですが、ただ、それは本作の構成に問題があるというか、ノーラン得意の時系列シャッフルが物語を分かりにくくしてる部分が大きいんですよね。

普通に時系列順に描けば、そんなに混乱するほど複雑な内容ではなかったハズだし、じゃぁ、本作において時系列シャッフルがストーリーテリングや映画としての面白さに寄与しているかといえば、別にそんな事はなかったんじゃないかと。

むしろ、時系列に沿ってじっくり描く方が、観客は物語に没入出来たように思いましたねー。

あと、3時間という上映時間についても、それに見合うだけの物語的なボリュームがあったかと言われると(´ε`;)ウーン…という感じで、正直間延びして見えるところも多々あり、もう少しエピソードを刈り込んでも良かったのでは?とも思ったりしました。

トリニティー

そして本作の山場でもあり物語の転換点でもある、人類初の核爆弾実験「トリニティ」では、ノーランはVFXを一切使わずに原子爆弾の威力を描いています。

最初は、原子爆弾の爆発ということでとんでもない爆音に晒されるのではと身構えたんですが、原爆が破裂して周囲が光に包まれ、そしてキノコ雲が上空に立ち上っていく様を完全無音で描いていて。そういう演出、つまり実際はとんでもない爆音に包まれてるけど演出として無音で超爆発を表現してるってことかな?と油断しているところに、座席が震えるほどの爆発音がスピーカーから大音量で流れ、実験に参加していた人たちが爆風に飛ばされそうになる様子が描かれていて、「おぉ、なるほどこれは凄い」って思ったし、僕の目にはその爆発を見たオッペンハイマーが「あぁ、とんでもないものをを作ってしまった……」と恐怖している表情を浮かべているようにも見えたんですけど。

ただ、このシーンが「世界を破滅させる地獄の窯が開いた」という超重要なシーンでもある事を考えると、正直ちょっと物足りなさを感じました。なんかこう、どうしても凄い爆弾。くらいの感じに見えちゃうというか。

いや、別にCGを使って超爆発を描けとかそういう話ではなく、この爆発の瞬間までは高揚していたオッペンハイマーが、この爆発を見た瞬間に絶望するという、その感情の落差をもっと演出で見せてほしかったかなと。

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本作では広島と長崎が被ばくする描写はないので、原爆の威力を直接的に見せるのはこのシーンだけ。なので、原子爆弾の恐ろしさが、本作を観ている全ての人に伝わる説得力のある描写が欲しかったなーと思ったりしましたねー。

ちなみに、本作に広島と長崎の被爆描写がない事に対する批判も見かけますが、本作はあくまでオッペンハイマーの自伝を基にした物語なので、彼が見ていない広島・長崎の描写がないのは個人的には納得でしたよ。

その後、広島と長崎の記録映像にオッペンハイマーが目を逸らすという描写があって、パンフレットで「(原爆被害を)見ようとしないオッペンハイマーこそアメリカの姿であり、その後を見ようとしない世界の姿を暗示したもの」という映画評論家の李相日さんのコメントがあったそうですが、その評には「確かに!」と納得したし、そういう意味では日本の直接的な描写がない事にも作劇上の意味があったのかもしれませんね。

モヤモヤポイント

そんな感じで「トリニティ」を境にオッペンハイマーの苦悩と後悔の日々が始まるわけですが、個人的にモヤモヤしてしまうのは、彼の後悔も苦悩も、日本や日本人に向けられたものではない(ように僕には見えた)って事なんですよね。

実際のオッペンハイマーがどう思ったかは知りませんが、彼の苦悩はあくまで自分が世界を破滅させ得る発明をした事に対するもので、広島と長崎に対しての後悔や苦悩は、あくまでその後悔の一部でしかないというか。

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あまり主語を大きくはしたくないし劇中で言いたい事も分かるけど、そこはやっぱ日本人としてはモヤってしまいますよね。

いや、誤解して欲しくないのは、本作はアメリカが作る反戦反核映画」としては相当真摯に、かつ公平に描かれていると思うし、そこは評価されるべきと思います。が、同時に限界も感じるというか。そこを上手く言語化出来ないのがまたモヤモヤしてしまうんですけどね。

あと、原爆を日本のどこに落とすかの会議で、一人のお偉いさんが「京都には以前新婚旅行で行ったことがある。京都は文化的価値があるから原爆投下の候補から外した」(うろ覚え)と話すシーンがあって、ここも日本人的には「ふざけんな」と思うシーンですが、その一方で戦争というものを一言で言い表しているシーンでもあるなって思ったんですね。

このお偉いさんが京都を原爆投下候補地から外したのは、自分が京都の町や人を見て知っていたからで、つまり人間は自分が関わった場所や人に対して残酷にはなれないというか、結果、戦争とは無知と想像力の欠如が引き起こすのだなと。そうした真理をこのシーンは一言で表現していると思いましたねー。

オッペンハイマー」は観るべきか

そんな諸々を踏まえ、鑑賞直後の本作に対する僕の今のところの評価は、そんなに刺さらなかったし特別良くもないけど酷くもない。まぁ普通?って感じでした。

ところが、こうして感想を書き始めると次から次に言いたい事が湧いてきて、まぁ、そう考えると面白いかどうかは別に「語りしろ」のある作品なのは間違いがないし、ノーランが意図したかは分かりませんが、現在、世界各地で起こっている紛争や分断、目をそむけたくなるような残虐な行いにも繋がる物語ではあると思うので、絶対見るべきとまでは言わないですが、少しでも気になる人は(出来れば劇場で)観た方がいい作品だと思いました。

興味のある方は是非!