ぷらすです。
先日2月23日にソニーズ・スパイダーマン・ユニバース(SSU)4作目となる『マダム・ウェブ』を観てきました。
当日は3連休初日であり、「ハイキュー」や「ガンダムSEED」などの話題作公開とも重なって、映画館はとても混んでいましたよ。
画像出展元URL:http://eiga.com
概要
マーベルコミックに登場するキャラクター、マダム・ウェブを主役に、未来予知の能力を持つ彼女の誕生物語を描くサスペンス。監督を務めたのはドラマ「Marvel ジェシカ・ジョーンズ」などのS・J・クラークソン。主人公を『サスペリア』などのダコタ・ジョンソンが演じ、『リアリティ』などのシドニー・スウィーニー、『ザ・スイッチ』などのセレスト・オコナーのほか、イザベラ・メルセド、タハール・ラヒムらが共演する。(シネマトゥディより引用)
感想
本国アメリカでは酷評の嵐だが
本作は、ヴェノム2作・モービウスに続くSSU(ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース)の第4作として製作・公開された作品なんですが、本国アメリカでは大酷評の嵐でして。曰く「悪夢の2時間」とか「モービウスの方がマシ」とか、それはもう、かなり非道い言われ様だとの情報を事前にキャッチしていたので、僕も時間とお金を無駄にする覚悟で観に行ったんですが――――――
え、普通に面白いんだけど?
というのが正直な感想でした。
もしかしたら事前にハードルが下がった状態で観たからかとも思ったし、実際、じゃぁ大絶賛するような名作なのかと聞かれれば決してそんな事はないわけですが。とはいえ、目くじら立てて酷評するほどは悪くないってのが、正直なところ。
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まぁ正直、かなり無理のある展開やご都合主義的な部分もあるし、映像的にもコレ!っていう目新しさや驚きもなく、中盤で明かされる主人公のキャシーの出生の秘密も予想通りでベタっちゃぁベタなんですが。
とはいえ、前半・後半での伏線と回収は単純に上手くやってるなと唸る部分も結構あったし、クライマックスの展開は「どうせこうなるんでしょ?」と思った通りだったけど、思わずグッときてしまいましたよ。
ただ「マーベル初のミステリー・サスペンス」という煽り文句は嘘で、ミステリー要素は全くなかったです。あえてジャンル分けするならサスペンス・スリラーって感じ。
未来視の能力を得た主人公が、ある事情からヴィランに狙われる3人の少女を、能力を使って助ける。というのが本作のざっくりしたあらすじ。
ヒーローアクションもほぼないので、そこを期待している人は退屈しちゃうかもですが、ただこの作品の主人公マダム・ウェブは、ヒーローというより未来視で他のキャラクターをサポートする立ち位置のキャラでそもそも戦闘向きではなく、また、本作に登場する3人の少女も、後にスパイダー・ウーマンになるけど、本作の時点では何の力もない普通の少女なので、アクションらしいアクションがないのはむしろリアルと言えるんですよね。
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マダム・ウェブことキャシーを含めた4人は、それぞれ家族に問題やトラウマを抱えていて、エゼキエルというヴィランとの対決を通じて、それらの問題を乗り越えて疑似家族になり、そして後にヒーローになる。本作はその始まりの物語なのです。
何故酷評されるのか
そんな本作、なぜ本国アメリカではそこまで酷評されているのかを考えてみたんですが、例えば世界的に大ヒットした「ゴジラ-1.0」は日本では賛否両論でしたよね。
それは俳優のオーバーアクトだったり、キャラ造形の粗さ、構成の不味さなど、同じ日本人だからこそ感じる作劇や演出の粗が外国人には分からず、良い部分だけが伝わるみたいな現象があったと思うんですが、本作でも起きているのかな?なんて思ったり。
つまり本国では日本人はスルーしてしまう粗やセンスの悪さみたいなところが批判を呼んでいる的な。
もしくは作品の出来とは関係なく、今、西洋諸国で問題になっている行き過ぎたポリコレや多様性の押し付けの流れに対する反発や分断という流れが、本作の評価にも何かしらの影響を及ぼしているとか。
じゃなければ、人々はスパイダーマンの映画を待ち望んでいるのに、周辺の知らないキャラの映画ばっかり公開されることへのガッカリ感とか。
それとも、やっぱり単純に作品の出来が悪さで評価が低くて、僕がヒーロー映画に対してチョロいだけなのか。
何にせよ、映画の良し悪しなんて人によって変わるので、少しでも気になる人は劇場に観に行って自分の目で判断するのが一番いいと思います。
というわけでここからは、内容のネタバレを含むので気になる方はご注意ください。
気になったところ
そんな感じで、個人的にはかなり楽しんだ本作ですが、全てが良かったというわけではなく気になるところも。
個人的に一番気になったのは、ヴィランに狙われる3人の少女をNYに残して、主人公のキャシーがペルーにいくところでしょうか。
いや、それなら3人も一緒に連れてったれよっていう。
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っていうか、敵は大富豪で、しかもめっちゃ高性能の顔認証装置で彼女らが公共機関を使ったり街の防犯カメラに映ればすぐバレるという設定だったハズで、しかも、その時点でキャシーの顔や素性も敵にはバレているハズなので、飛行機を使ったら即バレると思うけど、それはまったくないんですよね。
そして、自分のルーツを探しペルーについたキャシーは、そこでスパイダーマンの始祖みたいな人に迎えられるんですね。
彼は、キャシーの母親が探していた新種のクモの毒を摂取することでスパイダーマン的な能力を持つ部族の男らしいんですけど、見た目が普通に白人で、しかも最初の登場ではスパイダースーツアマゾンバージョンみたいなのを着てたのに、キャシーの前では普通の洋服着て普通に「やぁ」って登場するので、なんかこう、色々混乱してしまうんですよね。まぁ、彼らも未来予知の力があるらしいので、予めキャシーが来るのを知っていたんでしょうけど。
それにしたって諸々、いくらなんでも展開に無理があり過ぎるとは思いました。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」
あと、個人的に一番引っかかったところ。
アマゾンでスパイダーマンの始祖的な人がキャシーに「あなたが責任を引き受けたとき、大きな力が生まれる」というセリフを言うんですけど、これはスパイダーマンのベンおじさんがいまわの際でピーターに言う「大いなる力には大いなる責任が伴う」の言い換えなんですね。
「大いなる力には~」はスパイダーマンファンなら誰もが知る名セリフであり、スパイダーマンというキャラクターの根幹に関わる重要な言葉。
そんなファンにとっても大切なセリフの変更。しかも言い換え自体に物語的意味はほぼなくて、別にそのまま使ったって物語的には問題ないという。
しかもこの二つのセリフ。意味合いとしては同じに聞こえるかもですが、文脈的に真逆の意味になってしまうんですよね。
もちろん制作陣は何らかの意図をもってセリフを変更したんでしょうが、僕はスパイダーマンファンの一人としてこの変更には、かなり複雑な気持ちになってしまいました。
他にもキャシーが序盤で盗んだタクシーを自分の車みたいにずっと乗り回すとか、色々気になるところはあるけど、前述したように、その分良いところもありますしね。
褒めポイント
逆に、本作の――というか「SSU」作品の褒めポイントとしては、基本的にどの作品もちゃんと完結している。ってのがあると思います。
まぁ、ベノムと続編は2本でワンセットですけど、モービウスも本作も、基本一本の作品として完結しているので、MCUみたいにアレもコレも観ないと内容が分からない。みたいなことはないんですよね。
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あと、DCやMCUに比べて物語の規模が小さいというのもポイントで、「それマイナスだろ」って思うかもですが、MCUやDCに比べて低予算な分、物語や悪役の規模がインフレしないというか、銀河だの宇宙を巻き込むような大ごとにはならない。これは親愛なる隣人であるスパイダーマンのユニバースならではだと思うんですね。
そして基本上映時間も短いので、それこそポップコーンムービーとして気軽に楽しめるっていうのはあると思うんです。80年代のジャンル映画的っていうか。
色んな映画が大作化して3時間も当たり前になっている昨今、こういう小さな規模で、サクサク観られてそこそこ面白いエンタメ映画は大切にしていきたいって思うし、個人的にソニーには、今後もこの位の規模の作品をコンスタントに作って欲しいって思うのでした。
興味のある方は是非!!