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「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」(2022)

ぷらすです。

MCUマーベル・シネマティック・ユニバース)30作品目にして、フェーズ4最終作となる『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバ』を観ました。

面白かったし感心するシーンも沢山あったけど、全体的に色々モヤモヤする作品でしたねー。

で、今回はMCU作品の性質上、前作「ブラックパンサー」やMCU作品、本作についても軽くネタバレしますので、ネタバレが嫌な人は気を付けてくださいね

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画像出展元URL:http://eiga.com

概要

超文明国家ワカンダの国王とヒーローの二つの顔を持つティ・チャラが主人公の『ブラックパンサー』の続編。国王であり、ヒーローでもあるティ・チャラを失ったワカンダに、新たな敵が迫る。前作でも監督などを務めたライアン・クーグラーが今回もメガホンを取る。『アベンジャーズ』シリーズなどのレティーシャ・ライトのほか、『それでも夜は明ける』などのルピタ・ニョンゴダナイ・グリラ、ウィンストン・デューク、アンジェラ・バセットらが出演している。(シネマトゥディより引用)

感想

MCUとファン

まず、本作を語る前の前提として僕を含むMCUファンの多くは、登場ヒーローに強い思い入れがある――というか、登場キャラクターへの思い入れが強すぎてキャラクターと演じる役者を混同している人も少なくないと思います。

それは2008年公開の「アイアンマン」から今日まで14年間30本もの各作品でそれぞれのキャラクター/役者が積み重ねてきた歴史にリアルタイムで付き合ってきた。それ自体が僕らにとってある種の自分史になっているからで、その分だけ、僕らは各キャラクターへの思い入れも深くなって、MCU作品に登場するキャラクターたちに起こる事を、我が事のように感じてしまうんですよね。

うん、キモイよね。自覚あります。

でも、映画、ドラマ、アニメ作品のファンなら、多かれ少なかれこの感覚は共感してもらえるんじゃないかなって思うんですよ。「〇〇(役者)個人のファンというより▲▲(役名)役を演じている〇〇が好き」みたいな。

で、そんなファン心理を作り手が理解し、作劇に反映させているのがMCU作品の強みでもあるわけですが、そんな中、ブラック・パンサー/ティ・チャラ王を演じたチャドウィック・ボーズマンの急逝は、ファンに大きなショックを与えると同時に、すでに制作が決まっていた続編=本作「~ワカンダ・フォーエバー」の内容に多くの関心が集まりました。

つまり、別の役者を代役にたててティ・チャラというキャラを生かすのか、それとも、ボーズマン=ティ・チャラの死を本作に反映させるのか。

MCUが出した回答は後者で、ここで前述したMCUキャラクターと役者の関係性が逆転します。
つまり、それまでキャラクターを演じる役者を重ねていたのが、現実の役者の死が、キャラクターや物語(フィクション)に影響を与えたんですね。

もちろん、長年続くMCU作品の中でもこれは異例の事で、前作がMCU初の黒人監督による黒人が主人公&主要キャストであるヒーロー映画であり、公開時にBLM(ブラック・ライブズ・マター)という社会的背景の中で、ブラックパンサーチャドウィック・ボーズマンがある種のアイコンになっいた事も考慮しての決定だったのだと思います。

なので、本作冒頭で描かれたティ・チャラ王の死のシーンは、そのままボーズマンの死とMCUの混乱を表していて、葬儀のシーンは制作陣がファンのために用意した、亡きチャドウィック・ボーズマンの弔いの場でもあったわけです。

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そのキャラクターと役者の同一視に対する是非は別にして、この演出、ファンなら泣いちゃうよね。

そして物語はそのまま、誰が偉大なるティ・チャラ王=ブラック・パンサーを継承するのかという展開に。それはそのまま、今後、誰がボーズマンに変わってブラック・パンサーを演じるのかという事でもあるんですね。

海の帝国タロカンとネイモア登場

そんな本作でワカンダの敵となるのが、海の帝国タロカンを率いるネイモア(テノッチ・ウエルタ・メヒア)。

原作では古参ヒーロー?の一人であるネイモアは、アトランティスの王子という設定でしたが、MCUではDCEUの「アクアマン」と設定が被るのを避けるため、アステカの神の楽園“トラロカン”を下敷きにしたのだそう。

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で、両国は共に宇宙から飛来した隕石に含まれていた超貴重な金属資源ヴィヴラニウム保有する国家であり、その恩恵によって共に大国からの搾取を免れていたという共通点を持つのですが、前作ラストでティ・チャラ王が”開国“したことで、ヴィヴラニウムの存在が世界に知られる事になり、彼の死後、ワカンダはヴィヴラニウムを狙う大国の脅威にさらされることに。

一方、ヴィヴラニウムの影響で人間から水生人になった民の国タロカンは、深海に国家を築く事で、これまで陸上の世界から気づかれる事なく発展していましたが、アメリカの天才少女リリ・ウィリアムズ( ドミニク・ソーン)がヴィヴラニウム探索機を発明したことで、国家の存在を知られる危機に陥ってしまうんですね。

そこでネイモアは海から単身ワカンダに乗り込み、「探索機を作り国家に危機を招いたリリを殺すので、お前らワカンダがリリを探して連れて来い。さもなくばお前らの国潰しちゃるけんのう」と、ラモンダ女王アンジェラ・バセット)とティ・チャラ王の妹シュリレティーシャ・ライト)にとんでもない無茶ぶり。

当然、ワカンダ側はそんな要求を呑むはずもなく、それでも最初こそ争いは避けたいシュリたちでしたが、その後、様々なすれ違いからワカンダとタロカンは全面戦争に――という物語。

うん、まぁ、監督のライアン・クーグラ―が本作で描きたかった事とやろうとしてる事は分かる。

ただ、うーん……。前述したように基本面白かったし、感心したシーンも多々あるけど、その一方でかなりモヤモヤも残ってしまったんですよねー。

というわけで、ここからネタバレしていきますのでご注意ください。

テーマ詰め込み過ぎ問題とMCUの病理

個人的に本作に感じるモヤモヤの原因はハッキリしていまして。

一言で言うなら詰め込み過ぎなんですよ。

前述したように、本作では誰がワカンダの王位と守護神ブラック・パンサーを受け継ぐのかというテーマがまずあって、本来はそこに物語を絞るべきだったと思うんですよ。

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しかし「ブラック・パンサー」には、そもそも大国(先進国)による小国(後進国)への搾取や人種差別というもう一つのテーマが前作からあり、それに加えてシュリとネイモアの復讐心に端を発したタロカンとワカンダの全面戦争、フェーズ5にむけての新キャラ(ネイモア&リリ/アイアンハート)紹介などなど、ブラック・パンサー続編として描くべきテーマ。監督のライアン・クーグラーが描きたいテーマ、MCUシリーズ作品としてのノルマがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、その分、物語がとっ散らかって、各テーマの掘り下げも中途半端になってしまっているんですよね。

本来なら、本作では兄ティ・チャラの死を乗り越え、成長したシュリがワカンダの国王とブラック・パンサーを継承する物語に止め、ネイモアとの戦いやリリとの出会いはその次の作品で描けばよかった。

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でも、MCU的には今後のスケジュールの都合や登場キャラクターの順番もあり、恐らくそのしわ寄せが本作にきてしまっていると思うんですね。

これは以前から囁かれている事ですが、このシリーズに一貫性を持たせるため、あらかじめ作品に組み込まなくてはならない作劇ノルマは、特にフェーズ4に入ってから顕著になった、物語を圧迫し作劇の自由度を奪う病理だと思うんですね。

その結果、シュリと女王は国の長として、到底観客が感情移入出来ないような言動と決断を繰り返し、ネイモアとシュリの私怨によってワカンダ・タロカン両国は戦争に発展。映像を見る限り、兵士とはいえ多くの両国民が命を失っているハズなんですよ。それなのに、特に反省もなくラストだけ何となくいい感じ風に収めて

「ワカンダ・フォーエバー!」じゃねえよ!(。・д・)ノ)´Д`)ビシッっていう。

いや、これがヒーローの個人的な物語ならいいんですよ。失敗から学び成長していくのは。

でも、シュリは一国の長ですからね。彼女の間違いは国民の命と直結している。

それが、僕が本作に感じるモヤモヤの正体で、シュリの状況に同情しつつも、お前の復讐に国民を巻き込むなよって思ってしまう。

しかも、その後、実はティ・チャラ王とナキアルピタ・ニョンゴ)の間に息子が生まれてましたーってあんた。

いや、分かるよ。本作で家族を全員失った(と思っていた)シュリへの救済として甥っ子を登場させたのは。

でも、あれはハッキリ蛇足だと思いましたねー。海を見つめるシュリの表情で終わりの方が絶対良かったし、それもまた今後の展開への布石なのかと勘ぐってしまったし、そもそもMCUが抱える男尊女卑的な「何か」がここでも匂ってしまうわけです。

良かったところ

と、ここまでほぼほぼ文句しか書いてないですが、じゃぁつまらなかったのかと聞かれればそんな事はなく。前作「ブラックパンサー」よりも良くなっていたところ、単純に映画として面白かったところや感動したところは沢山ありました。

例えばアクションシーン。前作のクライマックスは比較的平面的なアクション設計だったのが、本作では空を飛べるネイモア&アイアン・ハート(リリ)の空中戦もあり立体的になっていたし、前半での母が言った事をシュリが海辺で体感するラストシーンの演出は素晴らしかった。

あと、前作では堅物キャラだったオコエダナイ・グリラ)姐さんの可愛らしい一面や、前作では脳筋ゴリラでしかなかったエムバク(ウィンストン・デューク)が一族の長として見せる思慮深い一面など、登場キャラがより立体的に描かれていたのも良かったです。

それだけに、前述したテーマ詰め込みすぎによるモヤモヤが悔やまれるんですよね。

とはいえ、フェーズはこれからも続いていくわけで、MCUが抱える病理はますます大きくなっていくと推測されますが、フェーズ5以降のどこかで、良い感じに方向修正されていく事を切に願う次第です。

興味のある方は是非!

 

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